朝霧
カテゴリ:小説
日時:2005/01/18 23:12
北村薫の「円紫師匠と私」シリーズ第5弾。第1作では大学生だった「私」も、本書で出版社の正社員に。
長編だった前作『六の宮の姫君』とは異なり、今回は表題作「朝霧」を含む短編3本を収録。どれも、北村薫らしいちょっと悲しく、そして優しいミステリに仕上がっている。 最初の「山眠る」は、卒論を提出した「私」の日常に何気なく入り込んだエピソードが謎になる。はじめは謎として認識されなかったことの背後に、切ない現実が……。これ以上はネタバレになるのでオシマイ。
「走り来るもの」は、ある編集者が書いた結末のない小説がテーマ。書かれなかったその結末は、たったの2行。その2行にこめられた愛憎の行方とは?
表題作「朝霧」は、「私」の祖父の日記に残された暗号をめぐるエピソード。その暗号にこめられた想いと、選択されなかった未来。それが歌舞伎や落語の談義を絡めながら語られる。すべてが分かったとき、「私」はシリーズを通してなかった心の動きを見せるのだった。
このシリーズは、確かにミステリなのだが優しい(「易しい」ではない)話が多い。それ以上に、「私」の成長物語という側面があるように思う。すべての話は完結しているのでどこからでも読み始められるが、やはり第1作『空飛ぶ馬』から読んだ方が、味わい深いものになるだろう。