丹波亀山城:石切り場跡から和歌山城主の刻銘 「天下普請」動員の印?

カテゴリ:歴史関連ニュース
日時:2010/10/08 23:18

Yahoo!ニュースより。

江戸時代初期の1610(慶長15)年、徳川幕府の命による「天下普請」で改修された丹波亀山城(亀岡市)の石切り場跡から、当時の和歌山城主、浅野幸長の名を示す「あさのきい(浅野紀伊)」と刻まれた石が見つかった。改修から400年目の節目に調査した市教委は「天下普請にかかわった外様大名の動向を知る手掛かりになるのでは」としている。
城がらみの発見が続きますね。「亀山城」は西日本の各地にあり、丹波亀山城は明智光秀の築城。『功名が辻』において、羽柴秀吉麾下の山内一豊家臣の小崎重高(小説およびドラマでは五藤吉兵衛)が一番乗りを果たした亀山城は伊勢の城で、今回の亀山城とは別物。国名まで付けていないと混乱しそうです。